ぶ ん ぐ

 

陶硯・筆管・筆架・筆筒・筆洗・水滴・墨床・硯屏・陶印・筆箱・・・
焼物でつくられる文具という面白い世界がある。
織部のような遊び心をフルスロットルにして作る焼き物には最適なジャンルだったのだろう
陶硯や水滴・硯屏などが伝世している。
京都考古資料館には丁寧に作られた織部の陶印が展示されていた。
掛け軸の軸先なんて作ってみたい物だ。
明治以降工芸は二次(応用)芸術と呼ばれた。絵画・彫刻が日常性から乖離していくなかで
身近な道具として変わらず日本の知恵と遊び心を伝えていたのが
文具なのかもしれない。

 

                                        これは、京都考古資料館の陶印  ちょっとムラッと・・・作りたくなる。

 

か げ

谷崎潤一郎の陰翳礼讃ではないが陰がもつ不思議な魅力に触れた、これもまた秋のせいか。映って
いるのは窓の外のヘチマの葉と蔓である。西日に打たれて映る影は、現実のものよりも艶かしくリア
ルに感じるのは気のせいか。また、その色は黒でなく灰色でなく藍でなく青でなく、そのどれでも
あるような素振を見せる。織部の絵付けのヒントにもなりそうな自在さで刻々とその姿を変えるの
である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・実物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

個展 終了

正観堂さんでの個展が終了いたしました。ご来場いただいた皆さま、ありがとうございました。
今回ホームページを使って個展の情報源としてどんなアプローチが出来るかと試行錯誤してみまし
たがお役に立ったでしょうか。また、骨董店の方々に桃山の織部など色々使わせていただき大変
勉強になりました。目指すところは遥か遠くですが、これからも末長く見守っていただければ幸い
です。

             

10/23追記
正観堂さんの常設展のとき年内ぐらいですが、茶碗・酒呑・花鉢など10数点を展示しております。
機会がありましたらご覧ください。

家紋の話

京都三条の古書店で買った。以前から読もうと思っていたので旅先ではあったが手に入れた。
紋章上絵師にして推理作家の著者が、実作者の側からどんなふうに家紋を語るのか楽しみだが
まだ読んでいない。必要な時に必要なページをめくる本なのかもしれないが、暫くは枕元に老
眼鏡とセットで置いておこう。

 

//[10/21追記]//
読み始めたらいっきに読んでしまった。
たとえばこんなところ、「丸とは円の直径の九分の一よりやや太めというあいまいな表記をしましたが、
きちんと限定しなかったところが職人の知恵だと思います。限定しなければ融通がききます。たとえば
一の字ですとか十の字。 あるいは釘抜や石といった、ごく簡潔な紋のときには、丸を太めに描いた方
が全体のバランスがいい。反対に中が複雑なかたちの紋のときには細めに作図するほうが美しく見える
のです。」104㌻
このように実作者ならではの職人の(知恵)の類や、とかく家紋ということで系譜を辿ることや文様の
意味や類型化に偏りがちな著作をしり目に、生きた家紋史を開陳してくれている。家紋にもまた織部焼
が形成されてゆくのと同じ日本的気質が垣間見える・・・部分への偏愛のようなところがある。
「そのてがあったか・・・」「これじゃあ、どうだい・・・」「それもありですか・・・」  

深い意味で、オタク文化かもしれない。

 

 この本は、いつだったか多々納さんという方と高円寺にうなぎのモツ焼きを食べに行った帰りに寄った
古本屋で買った。もともと僕の父が、持ってはいたのだが中々譲って呉れなかったのでこれ幸いと手に
いれた。紋章学というぐらいだから、紋のデザインのおもしろさよりも成り立ちや系譜あるいは地域分
布などについての記述に重きが置かれている。これで普及版だから本編はまた大変なものでしょう。
泡坂氏は、上絵師職人を見下げた記述をしている個所を、「家紋の面白さがわかっていません ね・・・」と
江戸っ子らしくサラリとかわしている(意訳)。しかし、「余は最愛の女と糟糠の妻とを喪い、坐に人生の悲哀と世路の艱難とを体験し、加うるに貧弱なる生活は、物価の暴騰によりて深刻に脅威せられたりき」と自序に
書かれている下りは、学者の仕事ではあるがなにかその切実さが身近に感じられてちょっと好きだ。
   ただ家紋などは何かと目にも触れるものでもあるし、曰く因縁を少し知っておくことは無駄にはなりま
せんよ。  11/22  追記