織部について 1(緑色考)

どうも 高血圧真っ只中のようで今日は、気ままに過ごすことにした。

織部については、固定ページに色々書き連ねているけれど、内容の更新はしていないので、訂正しなければならないところもあるかもしれない。いやきっとある。

緑の色一つとっても、「緑」は不思議な色相なのだ。「もものけ姫」の中で宮崎駿さんは、6000種の緑色を使い分けたと最近知った(聞いた)本当だろうか。6000色?という色相とは…と訝しく思わないでもないが、緑とはそういうものだとも考えられる。日本の四季を通して緑とは補色の赤まで、変幻する色彩なのだと思う。緑とは単に一つの色ではなく四季の移ろう姿(色)の総称のようなものなのではないのだろうか。
登り窯を焚き始めた当初から、窯の中で焼かれた織部釉には、四季折々の色合い(発色)があると考えていた。だから「綺麗なミドリがいいな」とか言われると 「綺麗って何?」と問い返していた。分かりやすいからといって「ザ、緑」みたいなものだけ追いかけて多様なものを捨て去ってゆくようなことは、出来なかった。織部焼の多様性は、形や文様だけではなく、色の変化にもいえることなのだと思っている。
五行思想を背景に、焼物(器)に青(緑)・黄・赤・黒・白 ・・・五色が揃った(揃えようとした)のが 桃山時代のの美濃陶なのだと思う。

【五行思想(ごぎょうしそう)または五行説(ごぎょうせつ)とは、古代中国に端を発する自然哲学の思想。万物は七曜の命令)の5種類の元素からなるという説である。また、5種類の元素は「互いに影響を与え合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環する」という考えが根底に存在する。】ネットからコピペ

         続く

4/8~4/12 しぶや黒田陶苑個展 終了いたしました

一年が経つのが早い気もするが ゆっくり時が過ぎている あるいは止まっているような気がしないでもない

今回の個展では茶碗と陶仏がメインとなります
茶碗もベーシックな靴型の茶碗を集中して作ってみました

世界的な伝染病と世界的な戦争(そう言ってよいかどうかわからないが) ともあれ8日9日10日と上京して店に居ります



 

 

 

 

志野茶碗 昨年後半は集中的に沓茶碗を作っていた
黒織部と志野と黄瀬戸とに振り分けて焼いた

 






 

 

 

 

後記)
何と言ったらいいのだろう…このご時世で人の心ここにあらずなのかな~ こんな思いが湧いたのは初めてのこと    
・・・手ごたえが薄い

自分のモチベーションも何か具体的なものをつかみ損ねているような心もとないものがあるのかもしれない 実際この投稿もなんだか中途半端なままで済ましてしまっている(笑)

 

SNSをやっているとブログの更新を忘れる

コロナ禍に突入してからというわけでもないが
年月のの経過が判然としなくなった・・・
加齢的にそう感じるのかもしれないが 大概他人に聞いても同じようなことを感じているようだ

そもそも「時間」という言葉が余所余所しいし 実態を捉えた言葉とは思えないどんな言葉ならいいのかと考えると適当ではないが「うつろい」というような自然に対応する感覚から生まれたものだろうか 他にも古語の中にある種の響きを伴ったものがあるかもしれない 

 

年が明けてどんど焼きも済み一月も終わろうとしている
コロナ禍で露わになって良かったこともある
それは現在の日本の政治経済の悲惨な状況だと思う
政治は汚濁し 経済は破綻していることが明快になったことだ
大手メディアの情報が真実とはかけ離れ政権寄りの広報となってしまったことでロボトミーとなった大衆というものがいる

大切なのは気付くことで嘆くことではないから それを踏まえてどう対処して行けばいいか考えるのも愉しいことではある

修那羅峠の石神仏

修那羅峠は長野県の青木村と筑北市坂井の境に位置している 幕末から明治にかけて妙高出身の修験者が開いた寺がありそこの山腹に808基といわれる石神仏が据えられている
30年ほど前に一度義父と家族で訪ねたことがあった 低い門のようなところを潜って入り 桜の花が咲いていた記憶が残っているだけで大概のことは忘れてしまっていた

ここ数年神仏の像を作る依頼があって 石仏に関心が向いたこともあり気になっていたので 仕事の合間を縫って訪ねた

その如何にも民衆に慕われた修験者のところらしく石仏が愛らしい

 

 

 

 

この愛らしさはどこから来るのかね 石工の資質とばかりには言えないものが感じられるがそれが何なのか分からない



 

つづく