6/21~7/1 ぎゃらりい栗本(長岡市) 個展

登り窯の織部・・・と銘うって個展をしたことはなかったのですが、 ギャラリーオーナーから登り窯ならではの織部を紹介したいとのことで このようなタイトルになりました。 6/23 PM2:00~3:00「織部について」のギャラリートーク 「織部の技法・歴史とその意義」も行います。 当然桃山時代には登り窯で焼かれていたのですから、 桃山の織部を目指すのであれば登り窯で焼くことは必須の 条件となるのだと思います。 ただ現実には現在登り窯で織部を焼く作り手は、 極めて少ない状況にあります。おそらく僕だけと聞くこともあります。 焼成手段の選択肢も増えたこともその一因であるでしょうし、 リスクの少ない焼成法を選ばれる傾向もあるでしょう。 また、鮮やかな緑の色ということだけを採れば、登り窯で冒険する意味は 無いのかも知れません。 銅を発色剤に使う織部釉はその鮮やかな発色を得れる 温度域は鉄釉などに比べると大変狭く1230度~1270度ぐらいの温度域でしょうか。 登り窯の中は1200度~1300℃で100度程の温度差がありますから また、温度意外にも焼きあがりを左右する炎の流れにも気を配り 窯の中場所場所にそれにあった釉薬のものを置いて窯詰めをします。 窯の中は、焼きあがりのバリエーションを生み出す場となります。 織部を無限の変化を愉しむ焼物と捉えたときに、 登り窯で焼くという行為はまた必須の要素となるのかと考えます。 ただ、問題となるのは現代に於いて、そこから生まれる美的変化を受け止める 物差しが変わったということではないかと思うのです。決していい意味では、ありません。 さて、それは何でしょうか・・・

2018 6/8~6/12 ギャラリー ファンタジア個展終了

個展DM
さまざまな織部が窯の中に詰っている 登り窯で焼くと釉薬のいろどりも土の焼き締まり具合も違う 姿も道具の種類も絵柄も 多様で多様なものが犇めきあいながら調和している織部が 可笑しい お越しいただいた皆様 誠にありがとうございました。 引き続き宜しくお願い申し上げます。

町の湯治場

一陽館 長野市松代に昔からある湯治場で 建物は昭和初期あたりのようだ・・・しっかり手直しをしながら利用しているというより とりあえず現状維持だけど 手を掛けているわけでもないが かけていないというわけでもない(笑) ・・・というところだが、泉質・建物の雰囲気・湯の効果・関係者?が 絶妙のポジションで調和している湯治場はないように思う・・・思わされてしまう(笑)この縦長の湯船の縁には、温泉のカルシウムが長い年月のあいだに付着して甲羅のように付いている。
休憩部屋
ここの湯は睡魔を誘う  ゆっくり温泉に浸かったあと、この部屋で急激に意識をなくし爆睡するのがいい。
豊富な湯量
湧出している時は透明の湯だが、空気に触れて次第に鉄分の加減で褐色化してゆく。 つづく

露天風呂といえば・・・

漸く個展も終り 一息付くことが出来た ここ半年は気の休まることもなく製作とその他のことに 忙殺されていたから・・・ 兄や母の死というものを考えるともなく考える 死はその個人的な極めて個人的な 体験であり 親子兄妹といえども共有は出来ないものだと考えている せめてものことではあるが その刹那の想いを介助するぐらいのことは出来るのではないかと・・・ そこに看取りの意味がある まだ残雪の残る乳白色の湯治場の外れにある露天に 日がな浸かって死者の想いと共にある暮らしについて つらつら・・・答えはないが確信のあるようなものがいい