時には何も思いつかないけれど何か書いてみようと思った

あまり絵を買うという習慣はないけれど かわいい絵を買った
京都の若い作家さんで以前から知っていて 素敵なものを作られていると思っていた 大きさは名刺ぐらい 描かれているのは 丹頂という種類の金魚・・・ 紙をちぎって貼っている 額装もご自分でつくられているらしい 作者を髣髴とさせるような可愛らしさがある といっても会ったことは無い  この金魚のシリーズは定番で作っているらしくて色々バリエーションがある 作るということは怖いことでその中に作り手のすべてが反映されてしまう 隠しようのないものだ ・・・かわいいと感じるのであるからきっと作者の内面もかわいい人なのだろうと 勝手に想像している 実は人にプレゼントするために求めたのだがはたして気に入ってくれるかどうか 一抹の不安はあったが取り越し苦労だった 取り出して見た途端に 歓喜の声が上がった

赤の色には 魔除けの意味があるらしく そこがまた良かった
おそらくお店の壁に掛かることもありそうだから 厄介な客が現れた時には追い払ってくれることもあるかもしれない 客商売とは兎角思いかけないことに遭遇するものだ 誤解もあればやっかみもある 誠実な仕事をしていてもそうであるから せめて日頃は 無駄口は慎んでおくに越したことは無い 悪意はなくとも言葉の切れ端を摘まんで有りもしない文脈にしたてあげられることもある そんなことばかりを気にしていては生きてゆけないからまあ程々でいいのだが時には縁起担ぎ 神頼みも悪くない

この絵の作者の仕事にはどこか そんなところがある 絵画ともいえるが工芸とも呼べるような慎ましさだろうか 京都という土地柄で育ったせいか これ見よがしの表現に行かず見る側使う側に立った奥行きを備えているような気がする 
本来日本の絵画とはそのようなものだったはずだ・・・日々の営みと表裏一体になって成就してゆくものが作ることの背後にあり作り手の成長ということもその中にあった 直観としての理解と時間軸の中での理解 それと身体性を伴う理解が綯われて作品が生まれてくる

多々納さんについて

織部を40年も作っているけれど
それを支えてくれた人もいるわけで
その一人が
多々納さんだった
25年前の
黒田陶苑さんでの個展のとき
「これは私がフフフッ 窯跡で拾~て来たものだが( ̄∇ ̄;)ハッハッハ・・・」と
風呂敷包みから新聞紙で包んだ沓茶碗の
陶片を出したひと・・・
風体はもののけ姫に出てくる
ジコ坊?という
修験者のようで
一目で好きなタイプと感じた
聞けば 美濃の窯跡はほとんど廻られたそうで 当然夥しい数の陶片を
採集しているという
「よかったら家に来ますか・・・?」

所謂美濃物(志野・織部)の発掘マニアとばかりには片付けられなくて 訪ねた家のなかは綺麗に整理されているとはいえ新旧の焼物と積み重ねられた書籍に占領されていたのでした そして気持ち大きい室内犬・・・「まあ 今日は折角ですから まだ明るいですが一杯いきましょう・・・」と奥様が用意してくれた料理をいただきながら矢継ぎ早に これはと思う織部の陶片を出してきては「参考になりますかね~?」なんていいながら 盛りだくさんの話に興味深々のときを過ごしたものだった

一流企業に勤務する傍ら 夜な夜な窯跡を訪ねては陶片採集・・・読書はもっぱら宗教哲学が多いように見受けられた 無類の読書家でもあって いつも付箋だらけの本を鞄にいれていた ・・・都内の待ち合わせ場所で横断歩道を軽やかなステップで渡ってきたのも多々納さんだった 「いや~ 社交ダンスもやっていたのですよ~ ( ̄∇ ̄;)ハッハッハ~」 いったいどれくらいお世話になったのだろう 「これはね~ いい茶碗なんですがね ちょっと大きいんですよ これのもうちょっと小ぶりなものを作ってもらえませんやろか・・・」と桃山初期(おそらく)の茶碗や向付をうつさせてもらったこともあった 陶片ばかりではなく桃山期の志野・織部の完器も実はいろいろお持ちだったのだ 個展の折には「どうですか 新宿にでも飲みに行きますか?」と」現れて 二人して思い出横丁のウナギのモツ焼きの店にもよく行ったものだった

そんな多々納さんが 昨年暮れに88歳で亡くなられていた・・・ 淋しいなぁ 「僕が死んだときには 来てくれますかね~」なんて言っていたのに・・・ 感謝 合掌

 織部黒沓茶碗 陶片