織部灯篭(切支丹灯篭)の制作始末記

いつ頃作られたのか定かではないらしいが、庭に据えられる灯篭に織部由来の灯篭がある。

TVのかの鑑定団に出品されたものがあり、古田織部の末裔の方が所有されている。竿と中台と宝珠が残存。中島誠之助氏の推測で宝珠・緑、笠・白、火袋・緑、中台・白、竿・緑と白の掛け分けではないかといわれる。いつ頃からかは忘れたが、灯篭はいずれ作ってみたいものの一つであった。
個展が中心の仕事なので、中々灯篭を作る機会がなくどうしたものかと考えていた矢先に、制作の依頼を頂いた。そのTVに出されたものの写しが良いという事で、高さの指定もある。

1)資料を探すうちに「切支丹灯篭の信仰」松田重雄著というものがあり取り寄せる。おそらくこれが織部灯篭の研究書としては白眉でしょう。
2)焼き物は制作したものが、焼くことで10%前後収縮するので
収縮分を考慮した製図をする。焼き上げたサイズで地上部で135㎝。埋設部を40㎝とした。このサイズは、実作してゆく中で調整された。というのも焼成する窯の寸法の限界値というものが何かと影響して来たからである。ことに竿を立てて入れるので、窯の天井にギリギリ、収縮の加減で入らないことも考えられた。
 

  3)宝珠・笠・火袋・中台・竿の五つの部分に分けて製作。 

4)地震なども多い国なので、夫々の接合も考慮にいれた。いつも散歩する戸隠奥社参道の灯篭の作りなども気になり、しげしげと観ると普段気が付かなかった構造が見えてくる。戸隠は雪の多いところで時には2~3メートルの降雪があるから、入念な作りが要求されたのかもしれない。実際笠に積もった雪で倒壊しているものが、組み直してあるとはいえ、傷ついた姿のままとなっていることがある。 

5)粘土や土は、大物作り(切れずらい物)に適したものと屋外に置かれること(緑が濃い目で天然の灰使用、白部は志野釉)を考えて瀬戸から取り寄せた。それでも土を分厚く使うことと、構造が複雑に変化していることで想定はしていたが、それなりにヒビは発生した。そこは銀繕いをする。

6)製作は、基本撚り紐で積み上げた。笠・竿は、一人では動かせない重さ(50㎏ぐらい?)となった。乾燥は一ヶ月をみた。

竿

竿) 全体のイメージは十字架
   文字様のものは、「天の父」を意味するPatriを象徴した文様

レリーフは僧衣のガウンを着てブーツを履いたキリスト像
※隠れキリシタンであることを隠すため地蔵菩薩といって言い逃れていたらしい

 

 

火袋) 右サイド 太陽 左サイド 月 
    背面 星三つ を穿ってある。
    太陽と子と精霊という説もある
    内部中央に蝋燭立てを設置
六面3㎝の厚みで作り一日置いてから接着 ゴムバンドで固定した。角にはスタイロフォーム(何かと役に立った)を切って当てる。


火袋

笠 撚り紐で積み上げ・・・。

中台
宝珠