逆立ちする阿吽の獅子が瓦屋根に据えられているのが時々見受けられる。
粟田口のあたり・・
平安神宮に向かって歩いてゆくと 京都写真美術館がある。
好みの写真展をやっていたので覗く。SNS投稿用に写真撮りは自由(写真そのものだけはご遠慮を)
若王子から哲学の道に入る坂道の途中に間口一軒ほどの細い路地を伝って行く「とま屋」さんの入り口に暖簾がかかっている。ずっと気になっていて入れず終いになっていたが、今回は手を引かれるようにするりと入った。奥様が和菓子を作られ、夫が版画家。もう亡くなられて何年になるのか、生前焼物を何点も求めていただいた。若い頃はサックスプレイヤーで、それから江戸木版画を独学で習得して江戸浮世絵版画を再興したとまで云われた人だ。
お菓子を頂戴してから、自己紹介をすると「ちょっと待って下さい」と奥にゆくと間もなく黒い茶碗を両手に包んで現れた。「これ毎日使っているんですけど、これを作られた方ですか・・・。」紛れもない僕が作った黒織部の茶碗に再会した。
焼き板の板塀 左右中央の三カ所に釘止め・・・これは後日釘が浮いてきたので改めて打ち直してあった
仕出屋さんの自転車 いつもきちんと置かれている 料理の盛り付けみたい にもみえる
敷居の高い骨董屋さん 鳴海織部の茶碗が・・・あの緑の発色は嘗て風呂灰を使った釉薬で出た記憶がある 随分昔のことなので再現は出来ないだろうな・・・あの頃に戻って釉薬の研究からやり直してみてもいいのかもな❗
李朝の壺 朝鮮の焼物や民芸に美を見いだして評価したのは柳宗悦だという 続いて赤星五郎・浅川伯教ら。あくまで定説だからそうでないところもあるに違いない。あの時代の植民地化が齎した功罪について語る程の知識は持ち合わせていないが「美」について他民族の者があたかも発見したかのように云うことは烏滸がましいと思う。利休にしても、ルソンの壺というものがあって・・・ 野暮な話になりそうなのでやめる。