ことしは どうしたことだろう
桜に限らず 辛夷や椿 なども
木の花の付きが多い
これ以上 は無理だろうというほどに
咲き乱れている
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30年ほど前にはわずかだった
二輪草が小川沿いに群生している
漸く 春が揃い踏みした
口上
《 焼き物も30年以上個展を中心に作り続けていると 作り手の側からすると ど~してこれが残っているの? というものが手元にある そんな 作り手サイドの逸品を時々二品ぐらいを 詳細に紹介しながらUPしていこうというのが このぎゃらりーのゆる~い狙いなのだが ・・・ 》
・・・どうでしょう
連休明けの5月上旬あたりに開店出来ればと
思っておりましたが、今少し
お待ちください
<m(__)m>
4月14日から続いている 熊本とその周辺での震災で
被災された皆さまに 心よりお見舞い申し上げます。
まだ 地震が続いて中ではありますが
一日も早い復旧を 心からお祈り申し上げます。
径で12㎝~9㎝ほどだろうか ぼくが小さい頃50年ぐらい前にはオテショと呼んでいた 祖母や母の口から 発せられった器の名前で耳に残っているのは・・・オチャワンの他には これぐらいではないか
そのころはまだ 冠婚葬祭は家で行っていたから 大小の器が蔵には様々にあった 大概が染付 (・・・大鉢・甕は地元の松代焼だった) その頃でもあまりに地味な存在であったから意識することもなかったが 旧知の美濃焼愛好家の方からの依頼で江戸初期の絵織部の手塩皿の写しを作ってみたのが初めで もう5年以上になるか定番で絵変りの手塩皿を作っている
時代物の写しだから少し滋味とでもいうものが欲しくて それまで使っていた釉薬ではなく 天然の長石を使ったのが効を奏して窯の置き場所に因って頗る色合いを変える 皿となった
何といわず使い回しのできる収納の心配もいらぬ 将に重宝この上ない器である
仕事初めの 絵付けのアプチュードにもこれは必須なのである