「あのと記」カテゴリーアーカイブ

京都逍遥 地蔵院

いい所を見つけた。京都駅から乗ったバスが苔寺行きだったので揺られるまま終着まで・・・苔寺は予約制とかで、さて何処に行ったものかと思案していたのだが、一休禅師生誕の寺との看板があったので行ってみた。鈴虫寺という所には人が向かうがこちらは、あまりいない・・・。

総門を潜ると左に小さな古い受付の小屋があって、イイ感じ・・・。
正面に地蔵堂が見える。胸部から下が金色に鈍く光り、とても荘厳な佇まい。そこを右に更に進み門を潜ったところに、夢想国師の高弟が作った庭が観れる建物がある。緋毛氈の敷いてある縁側で・・・その空間にすっぽり包まれるような感じがした・・・暫らく休んだ。竹の軋む音、ヒヨドリの声、不規則な岩の配置(一六羅漢を表しているという)、手入れのされた木々の枝、幾種類かの苔、大きすぎず、華美にならずに落ち着いた佇まい。そういえば、地蔵堂の前ですれ違ったお坊様はご住職だったのでは・・・。ここは、また来ようと思った。


京都での楽しみが一つ増えた・・・銭湯

桜ゆ サウナ

いつからと云う訳でもなく 休息といえば湯に浸かることという 極無難な好みが身に着いた だいたい肉体労働のはしくれだし 固まった筋肉を解すにはこれに限る 戸隠からであれば 少し車で走れば格好の温泉にはことかかない 一人で籠っての日常だから 偶には湯船の中で知らぬ人と話すのも息抜きになる 今回の京都行きでも 銭湯に行きたいと漠然と思っていたら 宿の主が夜には銭湯に連れて行ってくれるという 4.5人が彼の車に乗り込んで銀閣寺の近くまで湯に入りに行った 聞けば京都市内には随分銭湯があったという いまはもう存続の危機にあるところも多く 実際廃業する湯も数多あるという
弓矢町の辺りに娘が一人暮らしをしていた頃に 舞子さんが良く入りに来るという銭湯に行ったことがある 男湯では入れ墨のおじさんたちが体を洗っていた 昼間ぶらぶらと市中をあてどもなく歩いているとどこというわけでもなく銭湯に出くわした 次回は本格的に銭湯巡りを画策しようと思っている

錦市場近くの・・・

熊もお目覚め

熊の爪痕

 

 

 

 

 

 

昨年?の爪痕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

熊の爪痕を初めてみた

戸隠山を映す鏡池から磨涯仏のあるところまで
そろそろ雪も融けて歩いて行けそうかと 行ってみたが
いきなり 冬眠開けの熊が付けた 爪痕を見つけた
まだ新しいもののようだ

急な坂道を更に登ると おそらく熊の物と思える
糞が道の脇にあった 冬眠中の糞を体外に出すために
下剤効果のあるエンレイソウなどを食べると聞いたことがある
匂いも獣臭い強いものだった

更に登ると 僅かに残った雪の上に
今し方歩いたような イノシシの足跡が残っていた
 
目的地までは 1キロ程だが まだ沢筋や急斜面に雪も残っていることから行かないことにした 

 

 

 

 

 

雨降花と思ったが・・・ 

庭の低木の常緑樹の脇で白い花が咲いているので家人に聞くと「アズマイチゲ」だという 可憐で品のあるし風に揺れている姿など何とも言えず愛らしい・・・・別名を雨降花と云うらしいが どうも様子が違うようなので調べてみるとキクザキイチゲのようだった 数メートル離れたところにアズマイチゲが群生してもいる
家の南側の林を借りたので少し雑木を倒したり 枯れ枝を拾って土地を綺麗に片付けた 春先は空気も乾燥しているし野焼きはどうやら止めておいた方が良いようだが一昨日は終日雨だったこともあり 朝早く起きて野焼き(焚火?)を始めた ・・・ 湿った枯れ葉や腐り始めている倒木の煙は青味がかってまるで斑唐津のよう 静かに棚引くさまは大好きな野趣だ 何といっても山暮らしの愉しみは焚火にかぎる  いまだに登り窯で焼き物を作る理由の大部分はこの木を焚きたいという欲求を満たすためなのである
どうもぼくの焼物を作る動機は、山で暮らしたいからとか、焚火をしたいからとかのサポート的要素としての部分がある。粘土のような可塑性の高いものに触れるときには、この一見遠回りのようだが作り手の暮らしぶりというものも映されてくるので、ことに伝統的なものに関るときには何かしら大切な心的なテクスチャーをおすそわけしてくれるのである。
            

 

 

アズマイチゲ